楽しそうに遊んでいる人。好きなものを食べている人。着たい服を自由に着ている人。そういう人を見て、なぜかイラッとすることはありませんか。
自分でも「なぜこんな気持ちになるんだろう」と戸惑ってしまう。相手は何も悪いことをしていないのに、なんとなく面白くない。
そんな経験がある方は、決して少なくないはずです。
実はそれ、あなたの心の声かもしれません。「自分も本当はやってみたい」という声です。今日は、その正体と、そこから抜け出す方法をお話ししますね。
イラッとするのは、心の中の指さしです
人の心には、面白い仕組みがあります。自分が我慢していることを、目の前で自由にやっている人を見ると、心がざわつくのです。
これは、その人が嫌いだからではありません。うらやましいという気持ちを、素直に「うらやましい」と認められないとき、それは不機嫌という形で出てきます。
ですから、イラッとした瞬間は、責めるべき瞬間ではなく、気づくべき瞬間なんですね。心が「ほら、あなたもこれをしたいんでしょう」と指をさしてくれている。
そう考えてみてください。

どんな思い込みが、あなたを止めていますか
私たちは、たくさんの「してはいけない」を抱えて生きています。
遊んでばかりではいけない。この年齢で、こんな服は似合わない。自分のためにお金を使ってはいけない。母親なのだから、我慢しなければ。
あの人より先に楽をしてはいけない。
こうした思い込みで自分を抑えていると、自由に楽しんでいる人を見たとき、うらやましさとくやしさが混ざった気持ちがわいてきます。
けれど、その「してはいけない」は、誰が決めたのでしょうか。
法律でもなければ、家の決まりでもない。多くは、いつのまにか自分で自分に課したものです。作った本人が自分なら、外すこともできるはずですよね。
一人さんは「遊びが足りないんだよ」とおっしゃいます
斎藤一人さんは、よく「遊びが足りないんだよ」と言われます。
うまくいかない、疲れている、人にきつく当たってしまう。そういう相談に対して、もっとがんばりなさいではなく、もっと遊びなさい、とおっしゃるのです。
はじめて聞いたとき、多くの方が驚きます。私も驚きました。けれど、実際にご相談を受けていると、この言葉の正しさがよくわかります。
うまくいかないと悩んでいる方の多くは、努力が足りないのではありません。むしろ、休みなく努力し続けて、心の中の楽しみの貯金がすっかり減ってしまっているのです。
遊ぶことは、時間の無駄ではありません
遊ぶことは、決して時間の無駄ではありません。
好きな場所へ行く。おいしいものを食べる。着たい服を着る。思いっきり笑う。
そうやって自分を楽しませることで心が軽くなり、「また仕事や家事もがんばろう」と思えることがあります。
考えてみてください。よく笑った日の夜は、なぜか台所の片づけも苦になりません。反対に、我慢ばかりの一日の終わりには、同じ作業がとてつもなく重く感じられます。
同じ仕事量なのに、こなせるかどうかが違ってくる。その差を作っているのが、心の中の楽しみの量なんですね。
遊びは、心の燃料です
私は、遊びを燃料のようなものだと思っています。
燃料は、走り終わってから入れるものではありません。走る前に入れておくものです。ところが多くの方が、「全部片づいたら遊ぼう」と考えています。
それでは、いつまでも燃料が入りません。
しかも、片づく日というのはなかなか来ません。ひとつ終われば次が来る。人生とはそういうものです。
ですから、順番を変えてしまいましょう。先に少しだけ遊んで、それから残りをやる。この順番にすると、驚くほど作業がはかどります。
我慢は、まわりにも伝わっていきます
我慢している人は、自分では黙っているつもりでも、それが空気になって伝わります。ため息の回数。返事の短さ。片づけをするときの物の置き方。
言葉にしていなくても、家族はちゃんと感じ取っています。そして、感じ取った家族もまた、気を遣って自分の楽しみを控えるようになる。
こうして、我慢は家じゅうに広がっていきます。
よく「うちは家族みんな遠慮しがちで」とおっしゃる方がいますが、たいていその家には、いちばん我慢している人がひとりいます。
だからこそ、最初の一人が我慢をやめると、家全体がゆるみ始めるのです。あなたが好きなお菓子を買ってきて、うれしそうに食べている。
ただそれだけのことが、家族に「ここでは楽しんでいいんだ」という許可を出すことになります。誰かが先に始めなければ、その空気は変わりません。
そして、その誰かは、この記事を読んでいるあなたでいいのだと思います。
「いい人」ほど、遊びが足りなくなります
面白いもので、遊びが足りなくなるのは、たいてい面倒見のいい方です。人の頼みを断れない。自分の予定より人の予定を優先する。誰かが困っていると放っておけない。
そうやって人のために時間を使っているうちに、自分のための時間だけがどんどん削られていきます。しかも、そういう方は文句を言わないので、まわりも気づきません。
気づかれないまま、また新しい頼まれごとが増えていく。
一人さんの教えに「自分を大切にしなさい」という言葉が繰り返し出てくるのは、こういう方に向けたものなのだと私は思っています。優しさをやめる必要はありません。
ただ、その優しさの一部を、自分にも向けてあげてほしいのです。人に配るものは、まず自分の器を満たしてから、あふれた分を渡す。
この順番であれば、優しさは尽きません。
遊びの予定を、先に入れてしまう
続けるコツは、予定表の使い方を変えることです。多くの方は、やるべきことを先に書き込んで、余った隙間に楽しみを入れようとします。
けれど、その隙間は永遠にできません。やるべきことは、空いた場所をいくらでも埋めていく性質があるからです。ですから、順番を逆にしてください。
まず楽しみの予定を書き込んで、それ以外の場所にやるべきことを配置する。たったこれだけで、遊べる日が実際に増えます。
友達との約束のように、自分との約束も動かさないこと。「その日は用事があるので」と言っていいのです。相手が自分自身であっても、約束は約束ですから。
月に一度でも構いません。手帳に一つ、自分のための丸をつけるところから始めてみてください。
「遊び方がわからない」という方へ
長く我慢してきた方に多いのが、「そもそも何が好きだったか思い出せない」というお悩みです。
そういうときは、子どもの頃に好きだったことを思い出してみてください。絵を描くこと。歌うこと。本を読むこと。手を動かして何かを作ること。
誰かとおしゃべりすること。
大人になる途中で「これではご飯が食べられない」と手放してしまったものの中に、あなたが本当に好きだったものが眠っていることがよくあります。
それも思い出せないなら、まずは小さな買い物から。コンビニで、いつも我慢していたほうのおやつを選ぶ。
それだけでも、心は「あ、選んでいいんだ」と思い出し始めます。
罪悪感が出てきても大丈夫
遊び始めると、たいてい罪悪感がついてきます。
「家族のことを放っておいて」「こんなことにお金を使って」。長年の癖ですから、すぐには消えません。
そんなときは、こう考えてみてください。あなたが楽しそうにしていることは、家族にとって不都合でしょうか。
きっと違いますよね。むしろ、いつも疲れた顔をしているお母さんより、機嫌よく笑っているお母さんのほうが、家族はずっとうれしいはずです。
あなたが遊ぶことは、あなただけのためではありません。家の中の空気をやわらかくする、いちばん手軽な方法でもあるんですよ。
人の自由が気になったときの、ひとこと
人の自由が気になったときは、こう自分に聞いてみてください。
「私は、本当は何を我慢しているんだろう」
答えが出たら、それが今のあなたに必要なものです。相手を責める代わりに、そのひとつを自分に許してあげてください。
不思議なもので、自分に許した瞬間、その人へのイライラはすっと消えていきます。相手が変わったのではなく、自分の中のつかえが取れたからですね。

遊びは、人を魅力的にします
もうひとつ、うれしいことがあります。
よく遊んでいる人は、話が面白いのです。行った場所、食べたもの、出会った人。話す材料が増えていくので、自然と会話がはずみます。
そして、楽しんでいる人のまわりには人が集まります。人が集まるところには、情報も、ご縁も、いい話も集まってきます。
一人さんの教えの中で、遊びと商売が地続きになっているのは、こういうことなのだと思います。楽しんでいる人は、それだけで人を惹きつけるんですね。
あなたも、もっと楽しんでいいんです
最後に、あらためてお伝えします。
あなたも、人生をもっと楽しんでいいんですよ。
これまで十分にがんばってこられました。その分の楽しみを、少しずつ自分に返してあげてください。
今週、ひとつだけ予定を入れてみませんか。行きたかった場所、会いたかった人、食べたかったもの。何でも構いません。
その予定があるだけで、明日からの毎日が少し軽くなりますよ。



