朝起きて、天井が見えたら。まだ体を起こす前に、ベッドの中でこの言葉を声に出してみてください。「うわぁ、今日も無事に目が覚めた!」「心臓が勝手に動いてる!」
「生きていることだけで、確率一億分の一の大奇跡だ!」。できれば、布団の中で小さくガッツポーズもしてみてください。
ばかばかしいと思われるでしょうか。私も最初はそう思いました。
けれど、これを毎朝続けた方から「一日の始まり方が変わりました」というお声を、本当にたくさんいただいているのです。
今日は、この朝いちばんの習慣がなぜ効くのかを、じっくりお話ししていきますね。
私たちは、特別ないいことを待ってしまいます
人生を好転させたいと思ったとき、多くの人が待つ姿勢に入ります。いい知らせが来ないだろうか。誰かが認めてくれないだろうか。何かが変わってくれないだろうか。
そうやって、喜ぶための材料が外から届くのを待っているのです。私たちはつい、何か特別ないいことが起きたときに喜ぼうとします。
けれど、特別なことというのは、そう頻繁には起きません。一年に数回あればいいほうでしょう。
その数回のためだけに喜びを取っておいたら、残りの三百六十日はどうなるでしょうか。何も感じないまま、ただ過ぎていってしまいます。
人生を好転させるために大切なのは、特別な出来事を待つことではないんですね。

当たり前の中に、すでに奇跡があります
朝、目が覚めたこと。息ができること。今日という一日を迎えられたこと。これらは、あまりに当たり前で、ふだんは意識にすら上りません。
けれど、本当に当たり前でしょうか。心臓は、あなたが眠っているあいだも一度も休まずに動き続けていました。呼吸も、指示を出さなくても勝手に続いていました。
体の中では数えきれない働きが同時に進んで、今朝のあなたを無事にここまで運んでくれたのです。
当店にいらっしゃるお客様の中にも、大きな病気をされてから「朝、目が覚めることのありがたさがわかりました」とおっしゃる方がいます。
失わないと気づけないものが、日常にはたくさん埋まっているんですね。
電話帳を一枚ずつ重ねるように
一人さんの教えの中に、私が好きなたとえがあります。喜びを、電話帳のページを一枚ずつ重ねるように積み重ねていく、というものです。
紙一枚には、ほとんど厚みがありません。手に取っても重さを感じないくらいです。けれど、それが千枚重なれば、しっかりとした厚みになります。
喜びも同じで、一回分は本当に小さいのです。「今日も目が覚めた」と思ったところで、その瞬間に人生が変わるわけではありません。
それでも、毎日重ねていけば確実に積み上がっていきます。大きな一冊の本を一日で作ろうとするから、途中で挫折してしまうのですね。
一枚でいい、と思えば続けられます。
心の力は、使うほど育ちます
最初は小さな喜びでも、毎日続けていると、幸せを見つける心の力が少しずつ育っていきます。これは、筋肉によく似ています。
使わない筋肉は細くなり、使う筋肉は太くなる。喜ぶ力も、まったく同じなんです。
長いあいだ我慢ばかりしてきた方は、はじめのうち「うれしい」と感じること自体が難しいかもしれません。
それは心が冷たいのではなく、その回路をしばらく使っていなかっただけです。毎朝ひとこと言うだけでも、その回路には電気が流れます。
二週間も続ければ、昼間のうちにも「あ、これはうれしいな」と思う瞬間が増えてきます。
順番が、逆なのかもしれません
ここが、今日いちばんお伝えしたいところです。何もいいことがないから喜べないのではなく、喜びを見つけるから、さらに喜びたくなる出来事に気づけるようになる。
私たちは、出来事が先で気持ちが後だと思っています。けれど実際には、気持ちが先で、出来事の見え方が後から決まっているのです。
同じ一日を過ごしても、朝からうれしい気分でいる人は、道端の花に気づきます。誰かの親切に気づきます。そして「今日はいい日だった」と言って眠ります。
朝から不機嫌な人は、同じ花の横を通っても見えません。同じ親切を受けても、当たり前として流してしまいます。出来事の数は同じなのに、受け取れた数が違うんですね。
なぜ「朝いちばん」なのでしょう
この習慣を、朝にする理由があります。一日の最初にどんな気分でいたかは、その日の残り全部に影響するからです。
朝、些細なことで機嫌を損ねると、その気分を引きずったまま職場に行き、家族に当たり、夜になってもまだ引きずっている。そんな経験はありませんか。
逆に、朝いい気分で始まった日は、多少嫌なことがあっても立て直しが早いのです。だから、まだ何も起きていない起き抜けのうちに、良いほうへ舵を切ってしまう。
これがいちばん効率がいいんですね。しかも、布団の中でできるので、道具も時間も要りません。
声に出すと、もっと効きます
心の中で思うだけでも構いませんが、できれば小さくても声に出してみてください。人は、自分の声をいちばん近くで聞いています。
耳から入った言葉は、思っている以上に自分に影響します。一人さんが言葉を大切にされるのは、こういう理由なのだと思います。
明るい言葉を口にしている人は、まわりを明るくしているようでいて、いちばん自分自身を明るくしているのです。恥ずかしければ、ささやくくらいで十分です。
誰も聞いていませんから、思いきり大げさに言ってみてください。
気分が乗らない朝もあります
もちろん、そんな気分になれない朝もあります。体がだるい。心配ごとが頭から離れない。昨日の嫌なことを引きずっている。
そういう日に無理やり明るい言葉を言おうとすると、かえって自分を責めてしまうことがあります。そんな朝は、こう言ってみてください。「今日は、しんどいな。
よく気づいたね」。まず、そのままの自分を認めてあげるのです。認めてもらえた気持ちは、不思議と静かになっていきます。
そのうえで、余裕があれば「それでも目は覚めたな」と付け足す。それだけで十分です。完璧にできなくていいのです。
夜の言葉も、そろえておく
朝の言葉が効くようになってきたら、夜にもひとつ足してみてください。布団に入って目を閉じる前に、「今日も一日、ありがとう」と言うのです。
これは、その日をどう記憶するかを決める作業でもあります。人の記憶は、寝る前の数分に強く影響されると言われます。
嫌なことを思い返しながら眠ると、その日は「嫌な日」として記憶され、翌朝もその続きから始まってしまいます。
逆に、小さくてもよかったことを思い出して眠ると、その日は「悪くない日」になります。同じ一日なのに、保存される形が変わるのですね。
朝の言葉で一日を開き、夜の言葉で一日を閉じる。この二つがそろうと、毎日が丁寧に扱われている感じがしてきます。
そして丁寧に扱われた毎日は、少しずつあなたを変えていきます。
家族にも、静かに伝わります
面白いもので、この習慣は言葉にしなくても家の中に伝わります。朝いちばんの機嫌がいい人がひとりいるだけで、その家の空気は変わるからです。
台所に立つ足音が軽くなる。返事の声がやわらかくなる。それを毎日浴びている家族は、理由はわからないまま、少しずつ穏やかになっていきます。
一人さんの教えを実践しておられる方から、「私が変わったら、主人が優しくなりました」というお話をうかがうことがあります。
相手を変えようとして変わったのではなく、自分の朝の気分が変わっただけ。けれど、それで十分だったのですね。
まわりを変えたいと思ったときこそ、自分の一日の始め方を見直してみてください。いちばん近道かもしれません。

続けるための、小さな工夫
もし忘れてしまいそうなら、目に入るところに小さな紙を貼っておくといいですよ。枕元でも、天井でも、カーテンでも構いません。
「今日も生きている」と書いた紙が一枚あるだけで、思い出せる確率がぐんと上がります。それから、三日坊主になっても気にしないでください。
やめた日を数えるのではなく、やった日を数える。四日目にまた始めれば、それは続いていることになります。
当店の寺子屋お茶会でも、こうした小さな習慣を持ち寄って報告し合うことがあります。ひとりだと続かないことも、仲間がいると不思議と続くものなんですよ。
明日の朝から、始めてみませんか
明日の朝、目が覚めたらぜひ、「今日も生きている。ありがたいな」。そう言って、一日を始めてみてくださいね。
それだけで、その日の見え方が少し変わります。そして、そんな日が一枚、また一枚と積み重なっていったとき、あなたはきっと、以前より軽やかな場所に立っています。
大好転というのは、そうやって静かに始まるものなのだと思います。



