大切な人が悩んでいるとき、あなたも一緒になって落ち込んでいませんか。

相手のつらい気持ちに寄り添い、一緒に泣いたり、一緒に愚痴を言ったりすることが、相手のためだと思うこともありますよね。

実際、そうやって支え合うことを「思いやり」と呼ぶのだと、私たちは教わってきました。

けれど一人さんの教えにふれていると、そこには落とし穴があることがわかってきます。

同情することで相手の苦しみに引っ張られ、あなたまで暗い気持ちになってしまうことがあるんです。

今日は、同情と、本当に相手を大切にすることの違いについて、じっくりお話ししますね。

悩んでいる人は、すでに波動が落ちています

問題が起きたとき、人の心はどうなるでしょうか。

眠れなくなり、食欲が落ち、何を見ても暗いほうに考えてしまう。一人さんの言葉でいえば、心も波動も落ちている状態です。

これは、その人が弱いからではありません。誰でもそうなります。大きな問題を前にすれば、心が沈むのは自然なことなんです。

問題は、そこに近づいた人まで一緒に沈んでしまうことがある、ということです。

二人で沈むと、出口が見えなくなります

そこにいるあなたまで一緒に落ち込んでしまったら、どうなるでしょうか。

二人とも、苦しい場所から抜け出せなくなってしまいます。

暗い穴に落ちた人を助けようとして、自分も穴に飛び込んでしまったようなものです。飛び込んだ人には、もう引き上げる力が残っていません。

二人で穴の底に座り込んで、「つらいね」「本当につらいね」と言い合うことになります。

その時間は、たしかに温かいかもしれません。ひとりぼっちではなくなりますから。

けれど、そこから先へは進めないのです。

気持ちは、思っている以上にうつります

人の気持ちというのは、驚くほど伝わります。

一緒に暮らしている家族の機嫌が悪いと、こちらまで重たい気分になる。逆に、明るい人と話したあとは、なぜか足取りが軽くなる。誰にでも覚えがあるはずです。

一人さんは、これを波動という言葉で説明されます。目には見えないけれど、確かにやりとりされているもの。

だから、悩んでいる人のそばに長くいると、その空気に引っ張られるのは当たり前のことなんです。あなたの心が弱いのではありません。

人は、そういうふうにできているのです。

話を聞くことと、一緒に沈むことは違います

誤解しないでいただきたいのは、話を聞くなということではまったくない、ということです。

もちろん、相手の話を聞いたり、必要な知恵を出したりすることは大切です。人は、話を聞いてもらうだけで整理がつくことがあります。

誰かに打ち明けられただけで、半分は軽くなることもあります。

けれど、話を聞くことと、あなたまで一緒に苦しむことは、まったく別のことなんです。

聞くときは、しっかり聞く。そして聞き終わったら、あなたはあなたの明るい場所に戻る。この切り替えができるかどうかが、支える側の分かれ道になります。

「わかるよ」と言いすぎていませんか

同情が過ぎるとき、口から出やすい言葉があります。

「わかるよ」「ひどいね」「私だったら耐えられない」

言っている側は、相手に寄り添っているつもりです。けれど、この言葉を受け取った側はどうなるでしょうか。

「やっぱりこれは、耐えられないほどひどい状況なんだ」

そう確認してしまうことがあるんです。そして、抜け出す気力がさらに削られていく。

もちろん、否定しろということではありません。ただ、相手の苦しみを大きく塗り重ねる言葉になっていないか、少しだけ意識してみてほしいのです。

苦しんでいる人のそばにいるときこそ、笑顔を

一人さんは、こう教えてくださいます。

苦しんでいる人のそばにいるときこそ、まずはあなたが笑顔を忘れないこと。

これは、冷たいことでしょうか。相手が泣いているのに笑うなんて、と思われるかもしれません。

けれど、思い出してみてください。あなたが本当につらかったとき、救われたのはどんな人でしたか。

一緒に泣いてくれた人でしょうか。それとも、深刻になりすぎずに「まあ、なんとかなるよ」と笑ってくれた人でしょうか。

深刻な顔で心配されると、人は「自分はそんなに大変な状態なのか」と怖くなります。

反対に、明るい顔でそばにいてくれる人がいると、「そんなに大したことじゃないのかもしれない」と思えてくるものなんです。

相手の苦しみに、くっつきすぎない

もうひとつ、大事なことがあります。

ずっと相手の苦しみにくっついているのではなく、あなたはいつも以上に楽しく遊び、自分の波動を上げておくこと。

これを聞くと、多くの方が抵抗を感じます。「相手が苦しんでいるのに、自分だけ楽しむなんて」と。

けれど、考えてみてください。あなたが元気でいることは、相手にとって不都合でしょうか。

そんなことはありません。むしろ、頼れる相手が元気でいてくれることは、大きな安心です。二人とも倒れてしまったら、誰が支えるのでしょうか。

あなたが明るくいることで、その明るさが少しずつ相手にも伝わっていきます。これが、いちばん確実な助け方なんです。

罪悪感を手放してください

「自分だけ楽しんではいけない」

この気持ちが、いちばんの敵かもしれません。

罪悪感を持ったまま人のそばにいると、なぜか関係がぎくしゃくしてきます。相手も、こちらが無理をしていることに気づくからです。

だから、堂々と楽しんでください。おいしいものを食べて、好きな場所へ行って、よく笑ってください。

そのうえで、相手が話したいときには、いつでも聞ける自分でいる。それが、いちばん長く支えられる形なんですよ。

明るい場所から、手を差し伸べる

同情することと、相手を大切に思うことは同じではありません。

同情は、相手と同じ場所に降りていくこと。大切に思うことは、明るい場所に立ち続けて、そこから手を伸ばすこと。

穴に落ちた人を助けるには、しっかりした地面に立っている人が必要です。あなたがその地面でいてください。

距離を取ることは、冷たさではありません

ときには、少し距離を取ることも必要です。

毎日長時間その話を聞き続けていると、どんなに強い人でも消耗します。消耗した状態では、優しい言葉も出てきません。

「今日は聞ける」「今日は自分のことをする」

そうやって線を引くことは、冷たいことではありません。長く支え続けるための知恵です。

線を引けない人ほど、途中で燃え尽きて、結局は離れてしまいます。それより、細く長く、そばにい続けるほうがずっといいと私は思います。

支えているつもりが、相手の力を奪うこともあります

もうひとつ、気づきにくいことをお話しします。あまりに深く同情していると、相手が自分で立ち上がる力を、こちらが知らないうちに奪ってしまうことがあるのです。

人は誰かが心配してくれていると、その心配に応えようとして、無意識のうちに「まだ弱いままの自分」でいようとすることがあります。

よくなってしまったら、この人はもう自分を気にかけてくれなくなるのではないか。

頭で考えているわけではなく、心のずっと奥のほうで、そんな計算がはたらいてしまうのですね。これは相手がずるいということではありません。

人はさびしさに弱い生きものですから、自然にそうなってしまうことがあるのです。

だからこそ、支える側は、相手が元気になっても関係は変わらないということを、態度で伝えておく必要があります。

悩みの話をしていないときにも、笑って世間話ができる。それだけで、相手は安心して回復に向かえるようになります。

心配ではなく、信頼のまなざしで見る

同情のかわりに置いてほしいのが、信頼です。心配というのは「この人は自分では立ち直れないだろう」という前提から生まれます。

優しさの形をしていますが、その奥には相手を弱い存在として見るまなざしが隠れています。

心配されている人がときどきイライラして「ほっといて」と言いたくなるのは、そのまなざしを敏感に感じ取っているからなんですね。

いっぽう信頼は、「この人は、時間はかかってもきっと自分の足で立ち上がる」という前提です。同じように相手を思っていても、伝わる空気がまるで違います。

一人さんの教えを学んでいると、人はもともと魂を成長させるためにこの世に生まれてきた、という考え方に何度も出会います。

今その人が経験している苦しみも、その人の魂にとっては意味のある道のりなのだとしたら、私たちにできるのは、その道のりを信じて見守ることではないでしょうか。

信じて待つというのは、何もしないことのように見えて、実はいちばん力の要ることなのだと思います。

「聞く」と「引き受ける」を分ける

支えることに慣れていない方がよくやってしまうのが、相手の問題を丸ごと引き受けてしまうことです。

話を聞いているうちに、いつのまにか自分が解決しなければいけない気持ちになってきて、夜も眠れなくなる。けれど、その問題はあなたのものではありません。

あなたが引き受けても、代わりに生きてあげることはできないのです。ですから、聞くところまでは全力で聞いて、そこから先は相手に返すと決めておいてください。

「大変だったね。あなたはどうしたいと思っているの」と、最後に一言そえるだけで、話の持ち主が誰なのかがはっきりします。

相手も、自分で考えるきっかけを取り戻せます。ここを曖昧にしていると、支える側は疲れきり、支えられる側は決められなくなっていきます。

線を引くことは、突き放すこととは違うんですよ。

自分の波動を戻す、小さな習慣

重たい話を聞いたあと、そのまま一日を過ごすと、その空気を引きずったままになります。そこで、聞き終わったあとにすることを、あらかじめ決めておくといいのです。

手を洗う。窓を開けて空気を入れ替える。玄関やお風呂場を掃除する。好きな音楽を一曲かける。温かいお茶をゆっくり飲む。

どれも小さなことですが、体を動かすと気持ちは切り替わりやすくなります。

一人さんの教えに出てくる「まず自分の波動を上げる」というのは、こういう素朴なことの積み重ねなのだと私は思っています。特別な修行が必要なわけではありません。

今日から誰でもできることばかりです。そして、こうやって自分を整えておける人だけが、明日も明るい顔でその人のそばにいてあげられます。

それでもつらいときは

とはいえ、頭でわかっていてもできないのが人の心です。

大切な人のことなら、なおさらです。何度も気持ちが引きずられて、そのたびに自分を責めてしまう。そんな日もあるでしょう。

そういうときは、どうか一人で抱えないでください。

同じような経験をした人と話すだけで、ずいぶん楽になります。

当店の寺子屋お茶会には、そうやって心を軽くしていかれる方がたくさんいらっしゃいますし、白光のカウンセリングでゆっくりお話をうかがうこともできます。

支える人にも、支えが必要なんですよ。

今日から、できること

最後に、今日からできることをまとめておきますね。

話は聞く。けれど、聞き終わったら自分の生活に戻る。

「わかるよ」よりも、「大丈夫、なんとかなるよ」を選んでみる。

相手のことで頭がいっぱいになったら、意識して楽しいことをする。

自分が沈みそうだと感じたら、いったん距離を取る。

そして何より、あなたまで一緒に落ち込むのではなく、明るい場所から相手に手を差し伸べてあげてくださいね。

あなたが笑っていることが、その人にとっての希望になります。

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