目の前に大きな問題があると、「これが解決するまでは楽しめない」「今、喜んでいる場合じゃない」と思ってしまうことがありますよね。真面目な方ほど、そう考えます。
片づいていないのに笑うなんて不謹慎だ、という気持ちもどこかにあるのだと思います。
けれど、その考え方をしている限り、なかなか楽になれないのです。今日は、なぜそうなるのか、そしてどうすればいいのかを、順にお話ししていきますね。
「解決したら幸せになろう」の落とし穴
問題が解決してから幸せになろうと思っていると、どうなるでしょうか。ひとつ解決しても、また次の心配事を見つけてしまいます。
これは、あなたが心配性だからではありません。人の心には、危険を先に見つけて備えようとする働きがあり、それは本来ありがたい機能なのです。
ただ、その機能が働き続ける限り、心配の種はいくらでも見つかります。子どもの進路が決まればお金の心配が出てきて、お金の目処がつけば健康の心配が出てくる。
そうやって、幸せになる日はいつまでも先送りになっていきます。

順番を、少しだけ変えてみる
だから、順番を少し変えてみるのです。問題がまだ解決していなくても、おいしいものを食べたら「おいしい」と喜ぶ。きれいな花を見たら「きれいだな」と感じる。
誰かの優しさに触れたら「ありがたいな」と受け取る。ただそれだけのことです。難しいことは何もありません。
問題を解決してから喜ぶのではなく、問題を抱えたまま、喜べるところだけ喜んでしまう。これは、現実から目をそらすこととは違います。
同時に二つのことが起きているだけなのです。つらいことがあるのは事実。でも、お味噌汁がおいしいのも事実。どちらも本当のことですよね。
問題を、無理に忘れなくていいのです
ここは誤解されやすいところなので、はっきりお伝えしておきます。現実の問題を無理に忘れる必要はありません。
「気にしないようにしよう」と思えば思うほど、人は気になってしまうものです。忘れようとすることは、思い出そうとすることとほとんど同じなんですね。
ですから、忘れなくていいのです。問題はそこにあると認めたうえで、それとは別のところで喜んでいい。
この「別のところ」があるとわかるだけで、心はずいぶん楽になります。全部が真っ黒に見えていたのが、よく見ると黒いのは一部分だった、と気づけるようになります。
今すぐ答えが出ないことは、預けてしまう
そして、今すぐ答えが出ないことは、いったん神様にお任せしてしまいましょう。「きっと、なんとかなる」。そう言って、自分の心を安心させてあげてくださいね。
これは、投げやりになることではありません。人間には、今日できることと、今日はどうにもならないことがあります。相手の返事を待つあいだ。検査の結果が出るまで。
時間が経たなければ動かせないこと。そういうものを握りしめていても、事態は一ミリも進みません。それどころか、握っている手が疲れていくだけです。
だから、いったん手を離して預ける。一人さんの教えに出てくる「神様にお任せする」という言葉は、そういう実際的な知恵なのだと私は思っています。
「なんとかなる」は、根拠がなくていい
「なんとかなると言われても、根拠がありません」とおっしゃる方がいます。そのとおりです。根拠はありません。
けれど、「なんとかならない」という考えにも、同じくらい根拠がないのです。まだ起きていない未来のことですから、どちらも想像でしかありません。
同じ想像をするなら、心が軽くなるほうを選んだほうが得だと思いませんか。しかも、心が軽い状態のほうが、いい考えが浮かびやすい。
だから「なんとかなる」を選ぶことは、気休めではなく、実際に結果を変える可能性のある選択なんですね。
振り返ってみると、なんとかなってきました
もうひとつ、思い出していただきたいことがあります。これまでの人生で、あなたはいくつの「もうだめだ」を通り抜けてきたでしょうか。若いころの失敗。仕事の壁。
人間関係のもつれ。当時は世界の終わりのように思えたことでも、今こうして思い出せているということは、通り抜けてきたということです。
もちろん、望んだ形ではなかったかもしれません。それでも、なんとかなってきたのは確かです。
人には、自分で思っているよりずっと強い、乗り越える力が備わっています。今回もきっと、その力が働いてくれます。
先に笑うと、心がゆるみます
問題がなくなったから笑えるのではなく、先に少し笑ってみることで、心が緩みます。そして心が緩むと、今まで見えなかった答えが見えてくることがあります。
これは、体でも同じことが起きますね。力んでいるときは、指先までこわばって、細かい作業ができません。ふっと息を抜いた瞬間に、するりとうまくいく。
心も、まったく同じなのです。緊張しているときの頭は、同じところをぐるぐる回るだけで、新しい発想が出てきません。ゆるんだときにだけ、横道が見えてきます。
具体的に、何をすればいいのか
とはいえ、「笑いましょう」と言われても難しいですよね。ですから、いくつか具体的なものを挙げておきます。まず、体を先に動かすこと。
掃除でも、散歩でも、お風呂でも構いません。心が動くのを待つより、体を動かしたほうが早いのです。次に、問題と関係のない楽しみを一つ入れること。
好きな番組を見る、甘いものを食べる、笑える動画を見る。そして三つめに、悩む時間を決めてしまうこと。
「考えるのは夜の八時から三十分だけ」と決めると、それ以外の時間が少し自由になります。
誰かに話すときは、明るい人に
相談する相手も、実は大切です。一緒になって深刻になってくれる人は、優しく感じられますが、その場の空気をさらに重くしてしまうことがあります。
反対に、「まあ、なんとかなるでしょう」と笑ってくれる人と話すと、不思議とこちらもそう思えてきます。これは、相手が無責任なのではありません。
その人が明るい場所に立っているから、こちらの目にもその明るさが映るのです。
当店の寺子屋お茶会に来られる方が、帰り際に「なんだか軽くなりました」とおっしゃるのも、たぶん同じ理由なのだと思います。

心配することが、愛情ではありません
真面目な方ほど、心配することが誠実さの証だと思っておられます。心配していないと、その問題を軽く見ているようで落ち着かない。
けれど、心配の量と、事態が良くなる度合いは比例しません。むしろ、心配しすぎて眠れず、判断力が落ちてしまうほうが困ります。
あなたが元気でいることのほうが、問題にとってもずっと有利なのです。だから、堂々と休んでください。堂々とおいしいものを食べてください。
それは逃げではなく、態勢を整えるということなんですよ。
今日、ひとつだけ喜んでみる
最後に、今日できることをひとつだけ。今日一日の中で、何かひとつ「よかったな」と思えることを見つけて、その瞬間だけ、問題のことを脇に置いてみてください。
三十秒でも構いません。その三十秒が、あなたの心に隙間を作ります。隙間ができると、そこに新しい考えが入ってきます。問題は問題として、時が来れば動きます。
それまでのあいだ、あなたはあなたの機嫌をとってあげてください。きっと、なんとかなりますよ。



