「もう年だから」「今さら始めても遅いから」。そう言って、やりたいことを諦めていませんか。習いたかった楽器。行ってみたかった学校。始めてみたかった仕事。

若いころに心のどこかにしまい込んだまま、取り出さずに置いてあるものが、あなたにもきっとあるはずです。

私も、店に立っていると本当によく耳にします。「若いころなら挑戦できたんですけどね」「この年で始めても、どうせ物になりませんから」。

皆さん、少し笑いながら、けれどどこか寂しそうにおっしゃいます。

今日は、そんなあなたに、一人さんから教わったお話をお伝えしたいと思います。聞いたあとで、きっと「もう遅い」という言葉が出てこなくなる、そんなお話です。

あるお坊さんが、ご高齢になってから英語を学び始めた理由

ある高名なお坊さんが、かなりご高齢になってから英語の勉強を始められたそうです。

周囲の人は不思議に思いました。もうお立場も定まっていて、これから海外で活動されるわけでもない。日々のお勤めだけでも十分にお忙しい。

それなのに、なぜ今から新しい語学を学ぶのだろう、と。

そこで、思い切って尋ねた人がいました。「なぜ今さら英語を学ばれるのですか」と。

そのお坊さんは、こう答えられたそうです。

「今、勉強しておけば来世が楽だから」

この答えを初めて聞いたとき、私は頭を殴られたような気持ちになりました。ものの見方の大きさが、まるで違うのです。

私たちはつい、この一生の中だけで元が取れるかどうかを計算してしまいます。あと何年使えるか、投資に見合うか。

けれどこのお坊さんは、はじめから今生の外側まで見据えて生きておられた。

同じ「勉強する」という行いでも、どこまでを射程に入れているかで、その意味はまるで変わってくるんですね。

私たちは、魂を向上させるために生まれ変わる

一人さんの教えの中には、人は魂を向上させるために何度も生まれ変わる、という考え方があります。

この考え方を信じるか信じないかは、もちろん人それぞれで構いません。けれど、一度この目線で自分の人生を眺めてみると、日々の見え方がずいぶん変わってきます。

たとえば、今日一日の努力が今日のうちに報われなかったとします。この一生の中だけで考えると、「無駄だった」ということになりますよね。

けれど、もっと長い時間の流れの中で見れば、無駄になるものなんて何ひとつありません。

積み上げたものは、ちゃんとどこかに積み上がっている。

そう思えるだけで、報われない時期の苦しさは、ずいぶんやわらぐものです。焦りが減って、目の前のことに丁寧に向き合えるようになります。

「元が取れるか」で考えると、人生は小さくなります

私たちは知らないうちに、何をするにも「元が取れるか」で判断する癖をつけてしまっています。

この資格を取って、あと何年働けるだろうか。この習い事に月謝を払って、それに見合うだけの成果が出るだろうか。

この年から始めて、人前で披露できるところまで行けるだろうか。

計算すること自体は、悪いことではありません。限りある時間とお金をどう使うかを考えるのは、大人として当然のことです。

けれど、その計算だけで生きていると、人生はどんどん小さくなっていきます。

確実に元が取れることしかしなくなり、確実なことというのはたいてい、すでに知っていることの繰り返しだからです。

一人さんの教えにふれていると、損得の物差しがひとまわり大きくなるのを感じます。今日だけで見れば損に見えることが、一年で見れば得になっている。

今生だけで見れば無駄に見えることが、魂の長い旅の中では大切な一歩になっている。

物差しが大きくなると、人は自然と大胆になれます。そして大胆な人のところに、面白い出来事は集まってくるものなんですよ。

持っていけるのは、身につけたものだけです

私たちがこの世を去るとき、家も、お金も、宝石も、何ひとつ持っていくことはできません。これは誰もが知っていることです。

では、何なら持っていけるのでしょうか。

一人さんは、今世で努力して身につけた考え方や能力、磨いてきた感性や技術は、魂の成長として来世にも受け継がれていくと教えてくださいます。

つまり、持っていけるのは「自分の中に入れたもの」だけなんですね。

人と気持ちよく話せるコミュニケーションの力。美しいものを美しいと感じ取れる感性。似合う色や形がわかるファッションのセンス。仕事の中で身につけた専門的な技術。

人の話を最後まで聞ける忍耐強さ。誰かのために動ける優しさ。

こうしたものは、目に見えません。通帳にも載りませんし、家に飾ることもできません。

けれど、あなたという人そのものを形づくっていて、そして、あなたと一緒に旅を続けていくものなんです。

目に見えないものほど、深く残ります

不思議なもので、簡単に手に入れたものほど早く消え、時間をかけて身につけたものほど深く残ります。

自転車に乗れるようになった感覚は、何十年乗らなくても体が覚えています。子どものころに繰り返し聞いた歌は、歌詞を思い出そうとしなくても口から出てきます。

これは、その人の奥深いところに入り込んでいるからです。

考え方や感性も、同じです。「人の悪口を言わない」と決めて何年も続けた人は、もう努力しなくても悪口が出てこない人になります。

「まず相手の話を聞く」を習慣にした人は、意識しなくても聞ける人になります。

そうやって身についたものは、もはやその人の性格そのものです。だとすれば、それが次の人生に持ち越されるという考え方も、決して突飛なものではない気がしませんか。

きれいになる努力も、未来のあなたを助けます

これは、女性の方にぜひお伝えしたいことです。

きれいになる努力を続ければ、来世は今よりもっと美しい人として生まれてくるかもしれない。一人さんは、そんなふうにおっしゃいます。

お化粧をする。髪を整える。姿勢をよくする。顔にツヤを出す。「そんなことで」と思われるかもしれません。

けれど、きれいでいようとする心は、自分を大切にする心そのものです。

自分を大切にできる人は、人のことも大切にできます。人を大切にできる人のまわりには、自然と人が集まります。

きれいになる努力というのは、見た目を整えることを入口にして、実は生き方そのものを整えていくことなんですね。

だから、それが魂に残っていくというのも、私にはとてもよくわかる気がするんです。

徳を積むことも、持っていける財産です

技術や感性のほかに、もうひとつ持っていけるものがあると、一人さんは教えてくださいます。それが「徳」です。

徳というのは、難しいものではありません。人が困っているときにそっと手を貸す。誰も見ていないところをきれいにする。相手が気持ちよくなる言葉を選ぶ。順番を譲る。

ありがとうを口に出す。

そんな、一つひとつは小さすぎて誰も褒めてくれないような行いのことです。

面白いのは、徳を積んでいる人には、本人が気づかないうちに助けが入るようになることです。ちょうどいいときに、ちょうどいい人が現れる。

困ったときに、思いがけないところから手が差し伸べられる。

当店にいらっしゃるお客様の中にも、そういう方が何人もいらっしゃいます。皆さん共通して、人のためにする小さなことを、当たり前のように続けておられます。

技術は目に見える財産、徳は目に見えない財産。どちらも、あなたと一緒に旅を続けてくれるものです。

五十歳から始めた方のお話

以前、五十を過ぎてから書道を始められたお客様がいらっしゃいました。

きっかけは、お子さんが独立して、家の中が急に静かになったことだったそうです。「今さら上手になるわけじゃないけれど」と笑いながら通い始められました。

それから何年か経って、その方の字が変わりました。字だけではありません。姿勢が変わり、話し方がゆっくりになり、表情がやわらかくなったのです。

ご本人はこうおっしゃいます。「上手になったかどうかはわかりません。でも、筆を持っている時間だけは、誰にも気を遣わずに自分でいられるんです」

これこそ、始めることの本当のご利益だと思いました。何かが上達することよりも、その時間を持てること自体が、その人を作り変えていくんですね。

「もう遅い」ということはありません

ここまでお話ししてくると、はっきりしてきます。

何かを始めるのに「もう遅い」ということは、ありません。

もし今のあなたが六十歳で、これから十年かけて何かを身につけたとしましょう。この一生の中だけで見れば、「使える時間は残り少ない」と思うかもしれません。

けれど、身につけたものが次に持ち越されるのだとしたら、その十年は決して短くありません。

そしてもっと大事なことがあります。

学んでいる十年間、あなたは間違いなく生き生きとしています。目が輝いて、話す言葉が増えて、会う人が増える。その姿を見て、まわりの人まで元気になる。

来世を待たなくても、始めた時点でもう、ご利益は始まっているんです。

何から始めたらいいか、わからないときは

「そうは言っても、何をしたらいいのかわからない」

そうおっしゃる方には、いつもこうお伝えしています。子どものころに好きだったことを思い出してみてください、と。

絵を描くのが好きだった。歌が好きだった。人の相談に乗るのが好きだった。細かい作業が好きだった。

大人になる過程で「これではご飯が食べられない」と手放してしまったものの中に、あなたが本当に伸ばしたかったものが眠っていることがよくあります。

大きく始める必要はありません。道具をひとつ買ってみる。教室を調べてみる。詳しい人に話を聞いてみる。それだけで、もう始まっています。

今世でできることは、今世のうちに。来世のあなたに、いいものを手渡してあげましょう。

続かない自分を、責めないでください

始めたはいいけれど続かない。そうやって自分を責めてしまう方も多いのですが、どうかご安心ください。

続かなかったことにも、ちゃんと意味があります。やってみたからこそ「これは自分に合わない」とわかったわけで、それは立派な収穫です。

合わないものを一つ消していけば、その分だけ、本当に合うものに近づいていきます。

それに、一度でも触れたものは、思っている以上に残っています。何年も前に少しだけ習ったことが、まったく別の場面で急に役に立つ。

そんな経験は誰にでもあるはずです。

だから、やめてしまった自分を責める必要はありません。

数えるなら、やめた回数ではなく、始めた回数を数えてください。始めた回数の多い人生のほうが、間違いなく豊かなんですから。

あなたは来世に、どんなものを持っていきたいですか

今日から始めたことは、今の人生だけでなく、未来のあなたを助けてくれるかもしれません。

そう考えると、毎日の小さな努力が、急にいとおしく思えてきませんか。うまくいかない日も、思うように進まない日も、全部どこかに積み上がっている。

あなたは来世に、どんなものを持っていきたいですか。

やさしさでしょうか。きれいな心でしょうか。それとも、誰かを笑顔にする力でしょうか。

今日、その一歩を踏み出してみてくださいね。まるかん高陽店では、寺子屋お茶会で一人さんの教えを一緒に学んでいます。

ひとりでは続かないという方も、仲間と一緒なら不思議と続きますよ。どうぞお気軽にのぞきにいらしてください。

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