喉が渇いたとき、自動販売機で欲しかった冷たいお茶が一発で出てきた。それだけのことです。誰も気に留めないような、ごく当たり前の出来事ですよね。
けれど、そこで心の中だけでいいので、思いきり大はしゃぎしてみてほしいのです。「ついてる!」「私の指と自動販売機の心が、完璧に通じ合った!」
「神様、素晴らしいブレイクタイムをありがとう!」。ばかばかしいと思われるでしょうか。それでいいのです。
この、ちょっとばかばかしいくらいの喜び方が、実は毎日を変えていく力を持っているんですよ。
「そんな小さなことで?」と思ったあなたへ
こういうお話をすると、たいてい「そんな小さなことで喜ぶなんて」と言われます。
大の大人が、お茶が一本買えたくらいで大喜びするのは、みっともないと感じるのかもしれません。私たちは、大きな成果が出たときにだけ喜ぶように育てられてきました。
試験に受かったとき、昇進したとき、家が建ったとき。そういう「ちゃんとした理由」がないと、喜んではいけないような気がしてしまいます。
けれど、よく考えてみてください。大きな出来事は、一年に何回あるでしょうか。多くて数回、下手をすると何年もないかもしれません。
その数回のためだけに喜びを取っておいたら、残りの三百六十日は無表情で過ごすことになります。それはあまりに、もったいないと思いませんか。

日常には、ダイヤモンドが埋まっています
日常の中にある小さな幸せを見つけて喜ぶようになると、今まで見落としていた「日常のダイヤモンド」が、次々と目に入るようになります。信号が続けて青だったこと。
レジが空いていたこと。空がきれいだったこと。誰かがドアを押さえてくれたこと。ご飯がおいしかったこと。体が痛くなかったこと。
どれも、いままで何百回も起きていたのに、数えていなかっただけのことばかりです。人の心には、探しているものを見つける働きがあります。
「今日はいいことがなかった」と思って一日を終える人と、「今日はこれとこれがよかった」と数えて眠る人とでは、同じ一日を過ごしていても、記憶に残るものがまったく違ってきます。
そして記憶に残ったものが、その人の人生観をつくっていくんですね。
大きな幸せを待っている人ほど、幸せを取りこぼす
不思議なもので、大きな幸せだけを待っている人は、幸せに気づきにくくなります。
基準が高いところにあるので、それ以下のものは全部「まだ足りない」に分類されてしまうからです。年収がいくらになったら。あの問題が片づいたら。
あの人が変わってくれたら。条件をつければつけるほど、幸せは遠ざかっていきます。反対に、小さなことを喜べる人は、毎日いくつも喜べます。
喜びの回数が多い人は、当然ながら機嫌がいい。機嫌のいい人のまわりには人が集まり、人が集まるところには、いい話も運ばれてきます。
結果として、大きな幸せのほうから近づいてくることになるのです。順番が逆なんですね。
奇跡は、喜んだ人のところから動き始めます
一人さんの教えの中に、私がとても好きな考え方があります。
それは、奇跡というのは、何か大きな問題が解決した後に喜んだ人のところへやってくるのではない、という考え方です。
今、目の前にある小さな幸せを喜んだ人のところから、少しずつ奇跡が動き始める。これは、問題を放っておきなさいという話ではありません。
問題は問題として、やるべきことをやればいいのです。ただ、それとは別に、喜ぶことを先に始めていい。むしろ先に始めたほうが、いい流れがやってくる。
そういうことなのだと思います。喜びを後払いにしないでください。前払いにしてしまったほうが、ずっと得なんですよ。
喜び方には、練習が要ります
とはいえ、いきなり大はしゃぎするのは難しいものです。長年、静かに我慢する練習ばかりしてきたのですから、急に喜べと言われても体が動きません。
ですから、最初は小さな声で構いません。心の中で「ラッキー」とつぶやくだけでも十分です。慣れてきたら、少しずつ大げさにしてみてください。
「すごい」「最高」「ありがたい」。言葉を大きくすると、気持ちもそれについてきます。これは、自分をだましているのではありません。
喜ぶという回路を、使えるようにしているだけです。使わない筋肉が細くなるのと同じで、喜ぶ力も使わなければ衰えます。
逆に、使えば使うほど、少しのことで喜べるようになっていきます。
まわりに人がいるときの、ちょうどいい加減
心の中で大はしゃぎするのはいいけれど、人前ではどうすればいいのでしょうか。あまり大きな声を出すと、まわりが驚いてしまいますよね。
おすすめは、小さくうなずいて「ついてるな」とつぶやくくらいです。それでも十分に効きます。そして、家族や気心の知れた相手には、思いきって言ってみてください。
「今日ね、レジがすぐ空いてたの。ついてるよね」。最初は笑われるかもしれません。けれど何度か続けていると、相手のほうも小さなことを報告してくるようになります。
そうやって家の中に、いいことを言い合う習慣ができていく。これが、じわじわと効いてくるんです。
感謝と喜びは、少し違います
似ているようで違うものに、感謝があります。感謝は「ありがとう」で、喜びは「うれしい」です。感謝は相手に向かい、喜びは自分の中で完結します。
どちらも大切ですが、順番としては喜びが先だと私は思っています。まず自分がうれしいと感じる。
そのうえで、その出来事を運んでくれた何かに向かって、ありがとうと言う。この順番だと無理がありません。
ところが、うれしくもないのに感謝しようとすると、心はごまかせないので、だんだん苦しくなってしまいます。無理な感謝より、素直な喜びのほうがずっと自然です。
うれしいと思えたことにだけ、ありがとうと言えばいいんですよ。

続けていると、こんな変化があります
小さな喜びを数える習慣を続けた方から、よくうかがう変化があります。まず、朝の目覚めが軽くなるそうです。次に、人の小さな親切に気づきやすくなる。
そして、以前なら腹を立てていたことに、あまり反応しなくなる。これは、心の中で喜びの分量が増えたぶん、不満の占める場所が狭くなったということなのでしょう。
当店にお越しになるお客様の中にも、「特に何かが解決したわけではないけれど、前より生きやすくなりました」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
状況が変わっていなくても、見え方が変われば生きやすさは変わるのですね。
あなたが今日見つけた「小さなついてる」は何ですか
さて、最後にお聞きします。あなたが今日見つけた「小さなついてる」は何ですか。まだ思いつかないという方は、今日一日をゆっくり巻き戻してみてください。
朝起きてから今まで、ほんの少しでも「よかったな」と思った瞬間が、きっとひとつはあるはずです。それが見つかったら、心の中で大げさに喜んでみてください。
「見つけた私、なかなかやるじゃない」と、自分のことも褒めてあげてくださいね。明日は、きっともうひとつ多く見つかりますよ。



